2026年5月14日(木)・15日(金)の2日間、京都芸術センターにて「京都 TOC研修」が開催されました。伝統工芸分野を対象に、マネジメントやコミュニケーションなど社内の業務改善をテーマとする本研修の参加者は、総勢26名。Creative Professionals Lab. Kyoto(以下、CP Lab.)からは、筆者含む2名のプログラムマネージャーが参加しました。私たちは講座運営の補助を行うとともに、工芸業界の現状を学ぶ機会として伝統工芸の関係者の方々に交じって研修を受講しました。
経営やビジネスの研修と聞くとどうしても堅苦しい座学をイメージしがちですが、本研修はそれぞれが自由に語り合い、ボードゲームを使って楽しみながら学ぶというのが特徴です。しっかり組まれたカリキュラムのなか、参加者全員が「あっという間だった」と振り返った2日間の研修と、そこから生まれた濃密な対話の様子をレポートします。
日時:2026年5月14日(木)、15日(金)10:00-19:00
場所:京都芸術センター
講師:TOC公認インストラクター 蜂谷悠介(京屋染物店 代表取締役)
概要:会社の「希少リソース」を見つけて劇的に改善スピードを早め、指示ゼロ経営的会社の第一歩を踏み出すための体験型講座
主催:山山
共催:アート×ビジネス共創拠点「器」
協力:Creative Professtionals Lab. Kyoto、PARANOMAD

1. はじめに
TOC(制約理論)とは何か?
本研修のタイトルにもなっている「TOC」とは、Theory Of Constraints(制約理論、または制約条件の理論) の略称です。1980年代前半に、イスラエル出身の物理学者エリヤフ・ゴールドラット博士が提唱しました。理論の核は、「会社の生産性はボトルネック工程の能力以上は絶対に向上しない」ということ。この原理原則からスタートすることが、生産性を飛躍的に高め、在庫や製造途中の製品を劇的に減少させる鍵であると述べています。理論を分かりやすく解説した著書『The Goal(ザ・ゴール)』は、全世界で400万部を超える大ベストセラーとして今なお読み継がれています。
講師紹介 - 「モノづくりの現場」から変革を起こしてきた実践者
講師を務めたのは、岩手県一関市で100年の歴史を持つ伝統工芸の染元、株式会社京屋染物店・代表取締役の蜂谷 悠介(はちや ゆうすけ)氏です。蜂谷氏は「大切な伝統を次世代へ繋ぐ」という強い想いのもと、染物という歴史ある製造現場の当事者として、早くからTOCやMG(マネジメントゲーム)といった経営フレームワークを自社に導入し、職人たちとともに劇的な組織改革を成し遂げてきました。

2. 1日目
ボードゲームで体感する「ボトルネック」の本質について
まず初日は、TOCの仕組みを理解するためボードゲームを使った製造工程のシミュレーションからスタートしました。参加者たちは、チームを組みゲームを進めていきます。ゲームの内容は、1組6名ほどのチームに分かれ、疑似工房を運営するというもの。それぞれが工程の担当者となり、一斉にサイコロを振ります。出た目の数だけコイン(資材)を次の工程へと送り、最終製品の完成(利益)を目指します。
一見、全員が平均的に能力を発揮すれば円滑に進むように思えますが、実際には「統計的変動(サイコロの目の揺らぎ)」と「依存的事象(前工程が終わらないと次へ進めない)」が組み合わさることで、特定の場所に仕掛品(在庫)が滞留し、「ボトルネック」が生じます。シンプルなゲームを通じて、製造工程の流れやボトルネックの仕組みを体験的に学べました。

プログラムの後半からは、ボトルネックの本質をさらに深掘りするセクションへ移ります。生産数、リードタイム、在庫コストなどの数値をロジカルに分析し、どのプロセスがボトルネックとなり、全体の利益を圧迫しているのかを定量的に評価。そのうえで、次のラウンドに向けた改善仮説をそれぞれのチームで戦略を練ります。ほかにもサイコロの数を増やし、残業を模した追加投入を行うなど、条件をさまざまに変えて、成果が出るよう目指しました。さまざまな試行錯誤の結果わかったことは、どんなに条件を変えたとしても、ボトルネックのキャパシティを超えて生産性が高まることはない、ということです。
ここで、講師の蜂谷氏は、ボトルネック以外の改善に走ることの危うさを指摘します。「全員がただ、がむしゃらに頑張るのではなく、どこに注力すべきかを明確にする」という考えが重要であると語っていました。参加者からは「日々の忙しさを言い訳に力技で業務を回していた」という意見もあり、業務プロセスを客観的に見直す絶好の機会となったようです。

一見華やかな工芸の世界。しかし、業界を支える土台は製造現場にあり、製品が作られ、世に送り出されるまでのサイクルの背後には、利益の確保やリードタイムの短縮といった、経営的な課題が常に存在しています。ボードゲームによる擬似体験ではありますが、今回の研修ではそのことを改めて実感するとともに、製造現場の基盤を整えることの重要性を、身をもって実感する貴重な機会ともなりました。

瞬く間に、初日のプログラムは終了。次の日もプログラムを控えているにもかかわらず、参加者たちからは
「早く明日も受けたい」
「チームみんなで楽しむことができました」
「実務で試すのが楽しみ」
といった、前向きな声が溢れていました。
チームワークや議論を通じてコミュニケーションが深まり、充足感とともに初日が締めくくられました。

3. 2日目
コミュニケーションの重要性
2日目は、コミュニケーションに関するワークとディスカッションが行われました。
まず始まったのは、「社長の指示・命令に従う組織と、自主的に動く組織の違いについて」のユニークなワークです。「社長の指示・命令に従う組織」と「自主的に動く組織」の違いを体感することが目的です。
本ワークでは、参加者全員が、あるルールと条件のもとで、2回整列を行います。1回目のルールは、「誕生日の早い順」に並ぶというシンプルなもの。ただし、「メンバー間のコミュニケーションを一切禁止し、発言権を『社長』役の一人に限定する」という条件が設けられます。結果は、情報が「社長」役の一人に集中して負担が膨大になる一方で、ほかのメンバーは周りとコミュニケーションを取ることができず、「社長」からの「指示待ち」の状態で立ち尽くすこととなりました。タイムを計測したところ、並び終わるまでの時間は約5分という結果に。
2回目は、「母親の名前のあいうえお順」で並ぶという、1回目よりも、やや難易度の高いルールで再度挑戦。今回は、コミュニケーション方法のルールを設けず、全員が自由に発言できます。早速始めてみると、皆が瞬時に周囲と情報を共有し、協力し合いスムーズに列ができていきました。タイムはわずか1分。驚くべき変化です。

この対比を通じて蜂谷氏が説くのは、指示を出す一人の能力に依存し、リーダーが全ての決定権を握ることで、皮肉にもリーダー自身が組織全体の成果を制約する「ボトルネック」になってしまうという事実でした。こうした「指示待ちメンバー」の課題を解消し、社員が自律的に意思決定できる組織へと進化させるためには、単に自由を認めるだけでなく、バラバラな動きによる対立や不安を防ぐための「日頃の密なコミュニケーション」と、全員が同じ方向を向いて動くための「共通の目標(ゴール)」を、バランスよく確立することが不可欠であるというものでした。
ワーク終了後、各グループで「自分たちの現場の仕事はどうだろうか?」と、それぞれが今の状況を見つめ直し、話し合いました。対立をなくし自立を促すためには、日頃のコミュニケーションと仕組み作りの双方を、バランスよく確立しなければなりません。その一方で、参加者からは「実際の現場では、その塩梅が難しい」といった、リアルな本音が飛び交う場面もありました。
これは工芸の製造現場に留まらず、一般企業やあらゆる組織に共通する本質なのかもしれません。今回行ったワークの結果からも明らかなように、指示を待つ状態の組織と、自律的に意思決定して動く組織とでは、生み出される成果や業務のスピードに圧倒的な差が生じます。一方、こうした組織の変革は決して容易ではありません。しかし、持続的な成長を実現するためには、このプロセスは避けては通れません。「共通の目標(ゴール)」を共有し、自発的に協力し合える組織を構築するよう取り組んでいきたいと強く感じました。
学びを現実へ
最後の締めくくりに行ったのは、2日間に渡る研修で学んだことや活用できることをそれぞれの参加者が自身の業務に落とし込むワークです。まず日々こなしている業務を「業務フロー」として可視化したうえで、振り返りを行いました。日常のなかでは改めてかえりみる機会がもてていなかった「現在の状況」に改めて向き合い、どう変えていくかという次の一手を、一人ひとり、真剣に向き合う時間となりました。

私たちCP Lab. プログラムマネージャー2名も、ほかの参加者とともにこのワークに取り組みました。CP Lab. の活動にはいくつかの柱がありますが、私たちが今回のワークで取り上げたのは、現在取り組んでいる「CP Lab. 公募プログラム」のフロー化です。本プログラムにおいては、要項の作成などの事前準備から、選定された事業への伴走支援、成果報告といった複数の段階が存在します。どのステップも重要ですが、なかでも特に大切にしたいのは「伴走支援」の部分です。しかし、初めて出会う人々と協働して事業を作り上げていくその過程には、大小さまざまな意思決定のタイミングがあり、その判断が遅れると、全体の流れを停滞させる「ボトルネック(制約条件)」となり得る可能性を孕んでいると気がつきました。
私たちの活動は、製造現場で製品を生産するものではありませんが、情報の受け渡しや一つの工程が次の工程に連鎖するという点では、重なる部分も多くあります。どれほど熱意を持って取り組んでも、一部の作業で流れが止まってしまえば、組織全体としての成果は限定的なものにとどまってしまうことでしょう。それを防ぐには、チームで目標(ゴール)を共有し、活発なコミュニケーションを行える体制を創っていくことが重要であると、今回の研修を通じて身をもって理解できました。
4. おわりに
頭をフル回転させながら駆け抜けた2日間。
参加者からは
「あっという間だった」
「うちの代表や社長にも参加してもらいたい」
「お互いの工房へ見学に行きましょう」
「せっかくみんなで知り合ったので、何か一緒にやりたい」
といった声が次々に上がり、充実感のなかで、2日間にわたる研修は幕を閉じました。
本研修では、伝統工芸業界の方々と濃密な時間を共有しながら、業界を支える「製造現場」の課題や仕組みについてリアリティをもって学ぶとともに、自身の日々の業務にも直結する実践的な示唆を多く得られました。また、講師の蜂谷氏や、参加者の皆さんとともに駆け抜けた2日間で得られたつながりこそ、得難い財産となりました。今回得た気づきや知見は、今後、CP Lab. における工芸分野の伴走支援などのなかで、実践的に生かしていきたいと考えています。