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Creative Australia視察レポート

2025年11月末にアートワーカーの労働環境を調査するためにオーストラリアを訪問した。シドニーとメルボルンで複数の施設や団体を訪ね、日本の芸術環境をどう改善していくべきかのヒントを探った。本稿では、オーストラリア政府の文化芸術助成機関であるCreative Australiaについてレポートする。

視察者:
芦立さやか(秋田市文化創造館ディレクター)
閔鎭京(北海道教育大学岩見沢校准教授)
山本麻友美(CP Lab. ディレクター)

 

1. 「アートワーカー」という言葉が意味するもの

Creative Australiaは、オーストラリア政府が設立した文化芸術の中核的な支援機関だ。今回の訪問では、アレンジをしてくれたSenior International Project OfficerのEliza Jung氏の呼びかけで、ダンス、ビジュアルアーツ、能力開発、Creative Workplaces、国際交流などCreative Australia の各部門の担当者が、私たちを迎えてくれた。
特に、対話の中で繰り返し述べられた言葉が「Arts Worker(アートワーカー)」だ。

ビジュアルアーツ部門責任者のMichelle Newton氏によれば、オーストラリアのビジュアルアーツ分野では、キュレーターやディレクター以外の多くの職種が、「Arts Worker(アーツワーカー)」という大きなくくりで呼ばれることが少なくないという。広報、ファンドレイジング、フロント・オブ・ハウス(来場者対応)、制作などを担うスタッフも、それぞれ異なる専門性や高度なスキルを必要とするにもかかわらず、しばしば一括して「アートワーカー」と表現されている。こうした職種を適切に区別して表現する言葉が不足していることが、それぞれが持つ知識や専門性、貢献が業界内で十分に認識されにくい一因になっているのではないか、と彼女は指摘した。

また、この課題は、採用の場面にも表れており、キュレーター職には数百件もの応募が集まることがある一方、マネジメントや事業開発に関わる職種では、応募が数件にとどまることもあるとのことだった。その職種が何を担い、どのような専門性を必要とし、どのような価値を生み出しているのかが明確に理解されていなければ、適切な人材を惹きつけることは、より難しくなる。

これは日本でも同じ状況で、文化施設やアーツカウンシル等の団体でも、専門性の見えにくさは採用の難しさを招いている部分がある。また同じく本人や周囲の専門性への理解不足が、待遇改善を停滞させている部分があるとも感じる。

2. 8割がフリーランス

雇用形態についても、厳しい現実が明らかになった。Creative Australia 内に新しく創設されたCreative WorkplacesディレクターKate Schaffnerによれば、オーストラリアの芸術分野では、アーティストの約80%がフリーランスとして働いており、最低賃金の保護をほとんど受けられない。雇用契約を結んでいるのはその内わずか約20%で、しかも職種ごとに異なる複雑な賃金体系が適用される。一方、アートマネージャーなどの中間支援人材については、フリーランスよりも雇用契約の割合が高い傾向にあるものの、賃金水準の低さという問題は共通している。

さらに深刻なのが人材の流出だ。中小規模のアートスペースで育ったスタッフが、より高い給与を求めて大規模な美術館等へ移ってしまう。政府や民間からの補助金だけでは賃金格差を埋めることができず、優秀な人材の確保・定着がますます難しくなっている。日本側参加者からも「給与や社会的認知の低さは日本でも同じ課題」という声が上がり、両国共通の問題であることが浮き彫りになった。

なお、Creative Australiaで働くスタッフの多くは、アートマネージャーやプロデューサーとして現場経験を積んだのち、文化セクター全体を支える政策側へと転じたキャリアパスをたどっている。「一人のアーティストや一つの組織を支援するだけでなく、分野全体の基盤づくりに関わりたかった」という動機は、複数のスタッフに共通していた。

3. 評価と責任

Creative Australiaが単なる「お金を分配する機関」にとどまらない点は、助成後の関係性にも表れている。それは、各団体やアーティストがどのようにステップアップしているかを細かく記録し、次の審査に活かしている点だ。また、審査の公正性を担保するためにピア・アセスメント(同業者による相互評価)の仕組みを設けており、行政が一方的に価値を判断するのではなく、現場の専門家の眼を審査プロセスに組み込んでいる。

この姿勢の背景には、「助成した資金が社会にどんな変化をもたらしたか」を説明する責任——アカウンタビリティへの意識がある。入場者数や経済波及効果といった数字だけでなく、アーティストや組織の成長の軌跡をどう記録し、評価に反映するか。この問いはオーストラリアでも模索の途上にあり、西オーストラリア州では専門家によるピアレビュー、自己評価、観客・コミュニティ評価を組み合わせた独自の「公共価値評価フレームワーク(Public Value Measurement Framework [PVMF])」(注1)が実装されている。雇用の際の差別や権利侵害への対処と同様に、評価の公正性についても丁寧に足元を固めようとする姿勢が、随所ににじんでいた。

4. Creative Workplacesという新しい仕組み

課題は山積しているが、具体的な動きも始まっている。その中心を担うのが先述した、Creative Workplaces(creativeworkplaces.gov.au)だ。
同部門のミッションは、アーティスト、アートワーカー、芸術組織のために「公正で、安全で、尊重ある職場」を支援すること。ウェブサイトでは、契約・報酬、職場の安全、ハラスメント・差別防止、ファストネイションズ(先住民)にとって文化的に安全な職場環境づくり、、障害者のアクセシビリティ、子ども・若者の安全など、幅広いトピックについての情報とリソースを無料で提供している。

ただし、重要な点がある。それは、Creative Workplacesは情報提供・参照機関であり、規制機関ではないという点だ。個別の契約上の紛争に直接介入したり、最低報酬額を強制したりする権限はなく、その役割は、自らの権利と責任を理解するために必要な情報を提供するとともに、必要に応じて、さらに支援を受けられる相談先を案内することにある。この点は、日本における地域アーツカウンシルの役割とも共通するところでもあるだろう。

2026年1月には、オーストラリアのクリエイティブ産業における労働環境の初の全国調査が始動した。賃金・労働条件、職場の安全、ハラスメント・差別といったテーマを対象に、音楽・映像・視覚芸術・舞台芸術・文学・ゲームなど幅広い分野の従事者から匿名で回答を集めており、2026年6月に詳細な報告書が公表されている。担当者の言葉を借りれば、「アートワーカーは趣味人ではない。現実の職場で現実の仕事をしている」——これはコロナの時期に日本各地で行われた調査の動きとも似ている。現状を変えるために、まずは当然の事実をデータで可視化しようという試みと言えるだろう。

2026年からはオンライン学習コースも提供が始まり、賃金・労働条件、フリーランスの報酬、ハラスメント防止、退職年金(Superannuation)などを学べる機会が整う。これは、アーツカウンシル東京が行っている多数のオンライン講座とも類似する。また採用実務の面でも、差別のない求人票の書き方や職務記述書の作成方法など、現場が直面する実務的な課題に応えるガイドラインの公開も予定されている。

5. リーダーシッププログラム、研修のあり方

制度の整備と並行して、人材育成の面でも大きな転換が行われている。Creative Australiaのリーダーシップ開発プログラムは、これまで年間35名規模の内部完結型から、年間400〜500名規模へと大幅に拡充された。外部研修への奨学金提供、対面式のシンポジウム(年3回・各回約100名)、スキル特化型ワークショップ(年3回・各回約50名)の3本柱で構成され、若手からエグゼクティブまで幅広い層、さらに気候変動リーダーシップといった横断的テーマもカバーする。

参加経験者からは「コースの内容よりも、同期として出会ってできたネットワークが12年経った今も続いている」との声があった。多くの芸術組織に研修の予算がなく、職員が自主的な「課外活動」として勉強会への参加や専門誌への執筆などでスキルを磨かざるを得ない現状において、こうした公的プログラムは特に中小規模施設の人材にとって貴重な機会と言えるだろう。

日本においては、一般社団法人地域創造が行う公立文化施設等の職員を対象とした「ステージラボ」は、ある種同様の成果を果たしており、公共文化施設間のネットワーク構築の一助となっている。ほかにも、民間で実施している「バッテリー」や、京都芸術センターがロームシアター京都・京都舞台芸術協会・KYOTO EXPERIMENTなどと共同で実施している「舞台芸術マネジメント講座」等、類似の事業が多数増えている印象だ。

6. 日本への示唆

今回のCreative Australia訪問を通じて得られた最大の示唆は、「アートワーカー」という言葉の問題が示すように、職種の専門性を言語化・制度化することが人材確保の第一歩になるという点だ。役割が見えなければ、人は集まらないし、キャリア形成も難しい。

オーストラリアが進めているのは、制度的な強制力に頼るのではなく、情報提供・データ収集・学習機会の整備という地道な積み重ねによって、セクター全体の底上げを図るアプローチだ。フリーランス保護の制度設計、中小規模の施設や団体に中間支援人材を定着させるための賃金補助や奨学金、そしてキャリアパスの可視化—これらの試行錯誤は、日本の文化政策を考える上でも、改めて重要な参照事例となると感じた。

参考)

※ Creative Workplacesの取り組みについては公式サイトで詳細を確認できる。

(注1)「公共価値評価フレームワーク(Public Value Measurement Framework/PVMF)」の実装ツールとして開発されたのが、デジタルプラットフォーム「Culture Counts」。観客・ピア・組織からリアルタイムでフィードバックを収集・集計し、芸術体験の質を多角的に可視化するこのツールは、2016年から複数年助成を受ける組織が利用できるようになっており、助成機関と現場の双方が共通のデータ基盤の上で対話できる仕組みとなっている。

 

※こちらにも視察レポートを掲載しています。あわせてご覧ください。
#1 公開勉強会レポート 前半「オーストラリア視察報告」
#1 公開勉強会レポート 後半「アートを支える中間支援人材はどう育成されるか?」
オーストラリアの「アートワーカー」たちは、どんな環境で働いているのか②——シドニー、メルボルン視察レポート