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一覧へ戻るオーストラリアの「アートワーカー」たちは、どんな環境で働いているのか②——シドニー、メルボルン視察レポート
シドニー、メルボルン視察レポート
2025年11月末にアートワーカーの労働環境を調査するためにオーストラリアを訪問した。シドニーとメルボルンで複数の施設を訪ね、日本の芸術環境をどう改善していくべきかのヒントを探った。
Creative Australia のSenior International Project OfficerのEliza Jungのアレンジで、公立の美術館や、地域の文化施設、民間のアートスペース等、さまざまな規模や異なるスタイルの施設を視察し、スタッフに直接話を聞くことができた。Creative AustraliaとEliza Jung氏には改めて感謝を伝えたい。
1. Artspace(シドニー)
シドニーのアートシーンを長年支えてきたArtspaceは、1983年にアーティストによって設立されたアーティスト・ランの現代美術スペース。現在の建物「The Gunnery」は元々、1960年代にアーティストたちが自ら占拠・運営した自主スペースを起源としています。Artspace 自体も、1992年に「The Gunnery」へ移転し、シドニービエンナーレ事務局、Arts Law、NAVA(National Association for the Visual Arts)など多くの芸術団体と同じ建物を拠点として活動してきました。

2023年には約20億円を投じた大規模なリノベーションと組織改編を経て、ニューサウスウェールズ州が建物を所有する形で、新たなスタートを切っています。現在、ミッションとして掲げているのは、「リスク、実験、協働、アドボカシー」。Artspaceの最大の特徴は、商業ギャラリーやパブリックな文化施設とは異なる役割を担うことを明確に掲げている点です。アーティストが自由に、革新的で実験的な取り組みに挑戦できる環境を整え、その実践を支えることを施設の核としています。
もう一つの特徴は、「コレクションを持たない」という方針です。収蔵品ではなく、現在活動するアーティストの実践に向き合い、年間4本の展覧会を開催しています。小規模なギャラリースペースでは実験的なプロジェクトを展開し、屋外バナーも年4回アーティストに制作を委嘱するなど、施設全体がアーティストとともに活動する場として機能しています。
館内には11室のスタジオがあり、そのうち10室はアーティストに2年間無償で提供されており、残る1室は短期滞在用として、他機関との連携事業などに活用されています。かつて京都芸術センターとのアーティスト・イン・レジデンスのエクスチェンジプログラムを実施した実績もあり、理念や運営体制、予算規模など、多くの面で京都芸術センターに最も近い施設だと感じました。
人材育成にも力を入れており、年間1名に約300万円のアートプロフェッショナル奨学金を提供するほか、近隣に位置するニューサウスウェールズ州立美術館との共同プロジェクト「Doubling」では、シニア・キュレーターと若手キュレーターが協働しながら実践を通して学ぶ仕組みを構築しています。
「アーティストがリスクを恐れず実験的なことに挑戦できるよう、安心して活動できる環境を整えることが私たちの使命」。エグゼクティブ・ディレクターのVictor Wang氏とジェネラル・マネジャーのLea Barnett氏が語ったこの言葉は、Artspaceの理念を端的に表していています。(Y)

2. Passage Gallery(シドニー)

Passage Galleryは、シドニーのチャイナタウン中心部にある雑居ビル内のウィンドウギャラリーです。インディペンデントキュレーターのMarco Rinaldi氏を含む3名が共同代表として運営しています。チャイナタウンは中央駅から徒歩5分圏内の便利な場所にありながら、他エリアより比較的賃金も安い。このビルは1階に人気中華料理店が多数入居する賑やかな場所で、ギャラリーでイベントを開催している際には飲食店から自然と人々が流れ込むなど、日常とアートが有機的に交差するユニークな環境です。大規模・多予算な展示が主流のシドニーのアートシーンにおいて、アーティストが実験的な試みができる貴重なオルタナティブスペースとして注目を集めています。

共同代表のRinaldi氏は、元々Artspaceのテクニカルスタッフとして働いていた経歴を持ち、現在も別の美術館で働きながらこのプロジェクトを推進しています。彼自身の持つ豊富なネットワークや、英語・中国語によるバイリンガルの表記、時間をかけて作家と関わり展示を作り上げていく姿勢、活用できる助成金もうまく獲得し、オルタナティブだからこその可能性と強い存在感を放っていました。チャイナタウンという地域に深く根ざしながら、中国やインド等、アジア圏のリサーチを行いながら、活動を広げていくとのこと。今後の活動が非常に楽しみです。(A)
3. The Leo Kelly Blacktown Arts Centre
ブラックタウンはシドニー西部(シドニー中心部から車で約40分)に位置し、シドニーを含むニューサウスウェールズ州の中で最も人口が多い市。「Blacktown Arts Centre」はその中心部にある教会(1950年代建設)を改修したアートセンターです。多文化・先住民コミュニティとのつながりを大事にし、普段から多様なフェスティバルが開催され、地域住民が多く訪れる拠点となっているのが特徴です。訪問した時は屋外エリアで開催するマルシェの準備をしていました。

この地域の先住民(ダルグ族)の文化を大切にし、先住民アーティストとのプログラムが充実しています。美術、パフォーマンス、音楽などジャンルを問わない展示やワークショップ、レジデンスなどで地元アーティストを多角的に支援しています。
センターに入ると、入口すぐそばにある「Maker Space」が目に入ります。そこは地元アーティストと一緒に企画するラーニングのための無料開放空間。訪問時は「Blacktown City Art Prize」*を受賞したばかりのMonica Rani Rudhar氏が参加展示を行っていました。Rudhar氏Monicaさんは身につける人のルーツや文化を示す象徴でもある「アクセサリー」を大きなサイズで表現する作品を制作し、空間を構成していて、大人も子供も思わずワクワクするような場となっていました。常に地域の子供たちの遊び場としても人気が高く、地域コミュニティをつなげる大事な入口を確保するという意識も強く感じました。
インタビューに対応したSarah Gurich氏(文化芸術振興課マネージャー)がエリアの文化政策に非常に意欲的に関わっている点も印象的でした。2028年に向けた周辺エリアの大規模再開発に伴い、新たなアートセンターをオープンする計画が進められています(これに伴い、現在の施設は2026年1月後半に一時閉鎖)。これまでの地域密着型の活動をさらにスケールアップさせていこうとする、非常に活動的な姿勢から大きな刺激を受けました。また、現場を取りまとめるプロジェクトディレクターのAlicia Talbot氏は、規模が大きくなったときにチームをどのように作るか、どのように人を集めるかという課題があると語りました。人事についての課題や不安はどこの場所でもついて回ると大きく共感した瞬間でした。(A)
* Blacktown City Art Prize:シドニー西部・オーストラリア現代アートシーンにおいて重要かつ伝統ある賞

4. West Space(メルボルン)
シドニーからメルボルンに移動すると、歴史的建造物やウォールアートが多く、街の雰囲気の変化に気づきます。メルボルンはArtist-Run Initiatives(ARI)が多く発祥した場所でもあり、自分たちで何かを動かそうというDIY精神が強い場所とのこと。シドニーとメルボルンが東京や大阪に例えられることが多いというのも頷けるほど、市民の気質も異なります。
中心地から車で15分程度の距離にある「Collingwood Yards」。そこはギャラリーやラジオ局、カフェ、アーティストスタジオ等、クリエイティブな団体が多く入居する複合芸術施設です。周囲の賃料が高騰する中で、クリエイターをサポートすることを目的に、地元のNPOが運営しています。訪問時も若い人々がカフェ周辺に集まりにぎわっていました。そのビルの3階にアートスペース「West Space」があります。

West Spaceは1993年にメルボルン西部の工業地帯で、若手の地元アーティストたちが中心となって「アーティストによる、アーティストのための場所」を作るために活動をスタートし、場所を移転しながら30年以上活動を続けています。
訪問時には西・中央アジアにルーツを持つ4名のアーティストによるグループ展が開催されていました。彼らの故郷や仲間が直面しているジェノサイドや独裁政権に対し、言葉にされにくい記憶や国境を越えた連帯を探求する表現によるインスタレーション。アーティストの制作背景や作品構造を丁寧に解説してくれたのは、同館メンバーでありアフガニスタンにルーツを持つキュレーターのTahmina Maskinyar氏です。純粋にアーティストを支援したいという気持ちや、彼らの言葉に深く耳を傾けている姿が伝わってきました。公立美術館や大型施設では扱いづらいハードルの高いテーマに挑み、社会的・政治的な議論の場を創出し、さらに冊子等を作りながらアーカイブも大事にしていました。アーティストとの対話を重ねて作られるこの場所は、地域の表現者にとって大切な活動拠点として機能しています。

4階のスタジオではレジデンス・プログラムや公募制のウィンドウギャラリーも展開されています。資金やリソースの制限を言い訳にせず、様々なネットワークを駆使しながら柔軟に運営されています。現在のディレクターであるJoanna Kitto氏が、大学の職を辞してこの組織の運営に身を投じたというエピソードを伺い、West Spaceが持つ求心力と、ここで働く人々が抱く熱量が本当に強く伝わってきました。(A)
5. ACCA——オーストラリア現代美術センター(メルボルン)

メルボルン南岸のアーツプリシンクトに位置するACCA(Australian Centre for Contemporary Art)は、1983年に設立されたオーストラリアを代表する現代美術センターです。2002年にはWood Marsh設計の専用施設へ移転し、彫刻作品のような特徴的な建築は、メルボルンを象徴する現代建築の一つとして広く知られています。
ACCAが最も重視するのは、新作のコミッションです。コレクションを持たず、国内外のアーティストと協働しながら新作を制作・発表することを活動の中心に据え、年間4本の展覧会を開催しています。
「Always new. Always of the now. Always free.(常に新しく、常に今、そして常に無料で。)」という理念のもと、すべての展覧会を無料で公開するとともに、アーティストトークやレクチャー、教育プログラムなどを通じて、現代美術を多様な人々へ開く取り組みを続けています。
訪問時はちょうど展示替え期間中で、展覧会そのものを見ることはできませんでしたが、広大な展示空間はスケールの大きなインスタレーションや新作コミッションを受け止めるために設計されていることが想像できました。

また、ACCA シニア・キュレーター兼展覧会部門責任者のShelley McSpedden氏によると海外のアーティストを積極的に紹介しているとのことでしたが、日本のアーティストについては、これまで大きく取り上げた事例は多くないとのことでした。今後、日本の現代美術を紹介する機会が生まれることも期待したいところです。(Y)
6. ACMI——オーストラリア映像センター(メルボルン)
メルボルン市民が集うフェデレーション・スクエアに位置するACMI(Australian Centre for the Moving Image)は、2002年に開館した、映画・テレビ・ビデオゲーム・デジタルアートなど、スクリーン文化を専門とするオーストラリアを代表するミュージアムです。年間100万人以上が訪れ、展覧会や上映、教育・産業支援プログラムを通じて、スクリーン文化の魅力を幅広く発信しています。

常設展「The Story of the Moving Image」では、来館者が「The Lens」と呼ばれる携帯型デバイスを受け取り、展示物にタッチしながら映画やゲーム、テレビ番組などに関するコンテンツを収集・体験できます。収集した情報は来館後もオンラインで閲覧でき、ミュージアムでの体験がその後の学びへとつながる仕組みになっています。映像アーカイブの活用や教育プログラムに加え、クリエイターを支援する産業向けプログラムにも力を入れています。
ACMIの最大の特徴は、映像文化の「保存・展示・体験・産業支援」を一体的に担っていることです。常設展は無料で公開され、誰もが気軽に立ち寄れる公共空間として開かれており、こうした開放的な運営が、地域コミュニティとの強いつながりを生み出しています。
見学時には、ACMI キュレトリアル・プログラミング・教育担当ディレクターのEmily Sexton氏からクリエイターや企業、研究機関が交流し、プロジェクトを育てるためのクリエイティブ・インキュベーターについても説明を受けました。館内にはクリエイターが活動できるスペースも設けられており、展示施設にとどまらず、創作や産業を支えるプラットフォームとしての役割を担っていることが印象的でした。(Y)

参考)
視察者:
芦立さやか(秋田市文化創造館ディレクター)
閔鎭京(北海道教育大学岩見沢校准教授)
山本麻友美(CP Lab. ディレクター)
※こちらにも視察レポートを掲載しています。あわせてご覧ください。
#1 公開勉強会レポート 前半「オーストラリア視察報告」
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オーストラリアの「アートワーカー」たちは、どんな環境で働いているのか①——Creative Australia視察レポート