Creative Professionals Lab. Kyotoでは、2026年1月25日に京都芸術センターにおいて「Creative Common Ground #1 公開勉強会」と題したフォーラムを開催しました。
テーマは「文化セクターにおけるキャリアパス」。文化団体や施設などで中間支援を担う実践者や担い手が、どのように経験を積み、活動を継続していけるのかを考えることを目的としました。
勉強会の前半では、2025年11月にCreative Australiaの協力を得て実施した、シドニーおよびメルボルンの文化団体における育成の仕組みや労働環境に関するリサーチ報告を中心に、あわせて、2025年12月から2026年1月にかけて実施した「アートワーカーの労働環境に関する調査 2025-2026」の速報も共有しました。
後半は、オーストラリア視察報告者である芦立氏、閔氏、山本に加え、服部氏と甲斐氏を交えた座談会形式で意見交換を行い、その後、工芸モデル事業の紹介を石山氏より行いました。
今回は、勉強会の前半部分より、オーストラリア視察報告の模様をお送りします。
日時:2026年1月25日(日)
場所:京都芸術センター
登壇者:芦立さやか(秋田市文化創造館ディレクター)
甲斐賢治(せんだいメディアテークアーティスティックディレクター)
服部浩之(青森公立大学 国際芸術センター青森 ACAC館長)
閔鎭京(北海道教育大学岩見沢校准教授)
工芸モデル事業紹介:石山暁(株式会社TCI研究所所長)
モデレーター:山本麻友美(京都芸術センター副館長/チーフプログラムディレクター(当時))
1. CP Lab.の背景
山本:最初にこの事業を立ち上げた経緯をお話ししたいと思います。今回の勉強会は、Creative Professionals Lab. Kyoto(CP Lab.)の事業の一環として企画したもので、京都芸術センター(公益財団法人京都市芸術文化協会)が、文化庁「クリエイター等支援事業」の委託を受けて実施するものです。
「クリエイター等支援事業」は、「日本の優れたクリエイター・アーティストの無限の才能を引き出し国内外での活躍を支援することを目的」とした事業です。しかしCP Lab. では、単なる海外展開事業の実施だけではなく、枠組みを活用しながら同時に、アーコーディネーターやアートマネージャーなど、作品制作の周囲で伴走支援を行う人材の育成や労働環境について考える機会にしたいと考えました。
京都芸術センターでは、開館以来25年に渡り、若手アーティスト支援と並行してアートコーディネーターを採用・育成しています。その中で「アーティスト」という存在は想像されても、その周囲で企画・調整・交渉・運営を担うアートコーディネーターやアートマネージャーの仕事はほとんど理解されていないと感じることが多々ありました。
また、現場では日々の業務に追われ、自分たちの仕事を社会に向けて説明あるいは、言語化する余裕はなかった。作品をつくり、発表し、アーティストとともに現場を支えることになかで、自分自身の専門性や役割を振り返る機会を持てずにきました。
この事業の評価指標を検討する際、外部のアドバイザーと話していたら、「アートワーカーは、Wikipediaに載ってないですよね」と言われてハッとしました。「アートマネジメントは載っているけど、アートワーカーやアートマネージャーは載っていない。それはつまり、社会的に認知された職能になっていないということです」と言われて、なるほど、そのような視点で考えたことがなかったと思いました。
今日は、アートワーカーの働き方やキャリア、社会の中でのあり方について、みなさんと一緒に考える機会にできればと思っています。

2. 視察の概要
山本:今回の勉強会に先立って、12月末にオーストラリアへリサーチに行きました。京都芸術センターは、Creative Australia というオーストラリアのアーツカウンシルと長くレジデンス事業を一緒にやってきた関係があります。オーストラリアからアーティストを受け入れたり、こちらから派遣したり、これまで交流を続けてきました。
ただ、コロナ以降、それまでの交流が止まっていたこともあって、Creative Australia 側から「もう一度レジデンスプログラムを一緒に考えてみませんか」と声をかけていただいたんです。もちろんアーティスト交流も大切ですが、それらを充実させる上でも一度、アートマネージャーやアートコーディネーター、実際に現場を支えている人たちの状況も知りたいという話をしたところ、「それならリサーチに来ませんか」と言っていただいて、今回の視察が実現しました。
今回は、私と、秋田市文化創造館ディレクターの芦立さやかさん、それから文化政策研究者で北海道教育大学准教授の閔鎭京さんの3人で行きました。芦立さんは、HAPS 時代から人材育成についての問題意識を共有していたこと、秋田市文化創造館は文化施設としても、京都芸術センターと類似する点が多いと感じていたこともあってお声がけしました。閔先生は全国各地の文化施設やアーツカウンシルの状況を調査されていて、現場のことを本当によくご存じなので、海外の事例と比較することで新たな視点が得られるのではと考え、同行をお願いしました。
実際には、シドニーとメルボルンを中心に、Creative Australia を含めて13か所におうかがいしました。公立施設、民間NPO、アートセンター、図書館など、規模も性格も違うところをバランスよく紹介していただいて、かなり細かくヒアリングをさせてもらいました。

私自身、オーストラリアに行く前から、日本と状況が似ているのではないかと考えていました。実際に話を聞くと、小規模スペースから大きな美術館へ人材が流出していること、給与格差があること、優秀な人材の確保が難しいことなど、日本とかなり共通している課題がありました。キュレーターには100人応募が来るけど、マネージャー職にはほとんど応募がない、という話もあって、日本も近い状況にあるのかなと感じました。
個人的に印象に残ったのは、「Risk Taking」という言葉です。いろんな施設を訪ねた時に、「私たちは実験的なアーティストを支援しています」ではなく、「アーティストがリスクを取れるよう支援している」と言う方をする方が多かった。それは、同じことを言っているようで、全く視点が異なると感じました。単に「新しい表現を支援している」というより、アーティストと共に、社会に対してリスクを取りながらアクションを行っているんだ、という意思がとても強く表れている。ただ好きだから実験的なことをやっているわけではなくて、社会にとって必要だからやっているという感覚を、オーストラリアの同業のみなさんの言葉から感じて、励まされる思いでした。

芦立:今回リサーチに参加させていただいて、「Risk Taking」と並んで印象的だったのが、「Responsibility」という言葉でした。Creative Australia の助成を受けている団体を中心に訪問したのですが、「税金を受け取っている以上、それをどう地域に還元するか」という意識が本当に強かったんです。
そのために、国や州、市、単位は違っても、それぞれの文化政策についてきちんと理解しているし、ローカルなアートシーンについて情報を集める力も持っている。地元のアーティストやフリーランスへの敬意もとても強くて、「彼らがいるから地域文化が育まれている」という認識が共有されていました。
また、助成金の中で人件費やアーティストフィーの基準がきちんと定められていて、それを前提に予算を組んでいることも印象的でした。仕事をする以上、最低限お金を受け取るべきだし、お金を受け取るからこそ社会へ還元ができる、という関係性が成立している。それが信頼にもつながっているんだなと感じました。
象徴的だったのが、「レシートを1枚ずつ提出しなくていい」という話です。助成を行うカウンシル側が、レシートを全部チェックするわけがない、と。もちろん団体の監査資料は見るけれど、それよりも、その人たちと話したり、プログラムを見に行ったりする方に時間を使うべきだという考え方でした。そこは、日本とかなり違う感覚だなと思いました。
あと、流動的なキャリアが非常に一般的でした。1〜3年くらいでどんどん次へ移っていく。LinkedIn のようなSNSを活用して、自分のキャリアやスキルをしっかり外に向けて見せている人も多かったです。属人性をネガティブではなく、「私はこういうスキルを持っていて、この施設にこのように貢献しています」という形でポジティブに捉えているんですよね。その一方で、施設側は、そのスキルやアイデアをどう蓄積し、引き継いでいくかを考えなければいけない。その方法を模索している途中でもある、という印象でした。
3. 4A
閔:私は以前からオーストラリアを訪れたいと考えていたのですが、なかなか機会がなく、今回ご一緒できて本当に勉強になりました。様々な地域でフィールドワークを行っても、こんなに長く現場の方々と一緒にリサーチをすることはなかったので、現場がどういう悩みを抱えているのかを具体的に知ることができたのは、とても大きかったです。
今回、私が主に見ていたのは3つの組織ですが、その一つが「4A」というギャラリーです。1996年に設立された組織ですが、当時オーストラリアでは、反アジア的な政治言説が強くありました。アジア系住民へのヘイトスピーチも盛んで、一方でアート界の中でも、アジア系の作家が周縁化されている状況でした。


4Aギャラリーは、そうした問題意識から、中国系を中心とした第一世代・第二世代のアーティストたちが、自分たちのアイデンティティを可視化し、文化的排除をどう乗り越えるかを考える実践の場として立ち上げたものです。
現在は、シドニー市から提供された歴史的建造物を拠点に活動していて、チャイナタウン近くの、誰でも日常的に立ち寄れるような場所にあります。若い人たちが実験的な展示を行う「4Aラボ」や、展示スペース、ライブラリーなどがあり、地域に開かれた公共空間として運営されているのが特徴的でした。
また、スタッフは7人ほどですが、全員役職名が違うんです。オペレーションコンサルタント、キュレータープログラムプロデューサー、マーケティングコーディネーターなど、一人ひとりがどういう専門性を持っているのかが明確になっている。日本の「アートコーディネーター」や「制作」といった大きなくくりとは、かなり違うなと感じました。
4. キャンベルタウン・アーツセンター
閔:次に紹介したいのが、キャンベルタウンのアートセンターです。キャンベルタウンは、144の言語が話される多文化都市で、住民の35%が海外生まれです。平均年齢も35歳と若く、先住民族の方々も多く暮らしています。


ここでは、自治体の文化戦略の中核機関としてアートセンターが位置づけられています。都市計画、教育、福祉、公共空間など、市全体の政策と文化戦略が結びついていて、その推進機関としてアートセンターが機能している。しかも、その戦略自体が、住民やアーティスト、教育機関などとの広範な対話を経て作られています。
自治体職員の役割として、「文化芸術の重要性を社会に向けて発信すること」が明記されているのも印象的でした。日本だと、「文化芸術は詳しくないので……」という話をされる方も多いですが、ここでは「アドボケート(advocate)」として文化芸術の役割や意義を説明すること自体が行政の役割として認識されていました。アートセンター自体も、既存作品を展示するだけではなく、ほぼすべての展示や公演を新作委嘱で行っていて、初期段階から伴走支援をしている。さらに、探求レジデンス、ワークインプログレス、再演やツアーまで含めた長期的支援体制が整えられていました。
また、ファンドレイジングについて、「一つの財源に依存してはいけない」という考え方が興味深かったです。市の予算だけではなく、政府助成、事業収益、寄付など、複数の資金源を組み合わせながら、リスクを分散していくという考え方がかなり共有されていました。
5. ビクトリア州立図書館
閔:最後に紹介したいのが、メルボルンにあるビクトリア州立図書館です。130年以上の歴史を持つ建物で、ドーム型の読書室が非常に有名ですが、研究や読書の場というだけではなく、建築そのものを目的に多くの人が訪れていました。


5年ほどかけてビジョンを策定し、その中で公共スペースを40%拡張したという話が印象的でした。館内地下には、「子ども」「創造」「対話」「アイデア」という4つのゾーンが設けられていて、多様な利用目的に対応する公共空間になっていました。再開発にあたって、子どもたちの意見を空間デザインに反映させているというのも特徴的でした。
また、展示制作にあたっては、視覚芸術、社会史、教育など、異なる専門分野のスタッフが協働していて、多角的なアプローチで文化史を展示していることも印象に残っています。デジタルラボでは、MR技術をかなり気軽に体験できるようになっていて、19世紀末から20世紀初頭の写真を使いながら当時の空間を体験したり、オーラルヒストリーを通して1970年代の家庭の会話を聞いたりできる展示がありました。図書館そのものが、単なる資料保存機関ではなく、かなり実験的な場になっている印象でした。

図書館のメディアリリースの中に、「図書館の可能性を探るために、その限界を押し広げる」という言葉があったのですが、そこでは図書館職員が、技術者、アーティスト、デザイナーと協力しながら、デジタル技術によってコレクションを展示していくと書かれていました。図書館自体が革新的であり続ける必要があり、その中でアーティストの力が求められているというのが、非常に興味深かったです。
今回のリサーチを通して感じたのは、図書館を含む社会教育施設が、どんどん多機能化・多角化しているということです。その中で、文化芸術分野との有機的な連携は、今後ますます重要になっていくと思います。
日本でも「領域横断」の重要性がよく語られますが、単に多分野を接続して新たな価値を生み出すことのみが目的ではありません。それぞれの専門家が試行錯誤を重ね、共に場を編み上げていく「プロセス」そのものにこそ、本質的な意義があります。こうした実験的な実践が地域社会に積み重なることで、文化芸術の価値はより深く社会に根付き、広く共有されていくと考えています。
6. First Nations First
山本:今回の視察後、コーディネーターを務めてくれたCreative AustraliaのEliza Jungさんとオンラインで振り返りのミーティングをしたときに、国際的なプロジェクトを進めようとすると、どうしても最初に「どのアーティストを選ぶか」「どう交流させるか」という話になりがちだと改めて認識しました。
本来的には、その手前の段階で、どんな価値を共有しているのか、どんな課題を一緒に考えたいのかを時間をかけて話し合う機会が必要だったのではないかと思っています。Jungさんからも、今回は、視察を通してその話ができたことがよかったとのフィードバックがありました。
これを踏まえて、今後は何か交流や協働のプロジェクトを進めていけたらと考えています。オーストラリアと一緒に何がしたいのか、どんなことができるのか、アイデアを出し合っていきたいと考えています。視察先の中には、コーディネーターや中間支援を行う人材を受け入れる研修プログラムを持っている施設もあったので、将来的には日本からも派遣できたらとも考えています。
芦立:Creative Australia では、2023年に策定された5か年計画がウェブサイトで公開されています。その中に「A Place for Every Story, a Story for Every Place」、すべての物語に場所を、すべての場所に物語を、というスローガンがあります。
オーストラリアが多文化共生であること、そして先住民を大切にする思想を非常に重視していることが、この言葉によく表れていると思いました。広いオーストラリアの中で、大都市だけでなく地方都市も含めて、すべての場所に文化があり、そこにあるストーリーをどう育んでいくのかが、政策としてかなり強く打ち出されているのが興味深かったです。
山本:特に「First Nations First」という考え方は、広く共有されていることを実感しました。私たちが訪問した施設のウェブサイトを見ても、必ず最初に First Nations に関するメンションがあります。自分たちは先住民へのリスペクトを持っている、ということを、文化施設として必ず表明しているんですね。
芦立:Creative Australia でも、年に1回必ず、先住民文化や多文化共生について知識を深めるための研修があるそうです。文化に関わる人間は、必ず押さえておかなければならないと考えていました。日本でも、共通した研修項目はあるはずですね。